先日、日経新聞で指揮者の佐渡裕さんの記事が目にとまりました。
佐渡さんがレナード・バーンスタイン氏に師事し、奮闘していた時のことを回想し、その際にバーンスタイン氏は佐渡さんについてこう言ったそうです。
「最近じゃがいもを見つけた。今はまだ泥がいっぱい付いているけれど、泥をきれいに拭い去ることができたら、世の中の人が毎日聞きに来るような音楽を創るだろう」
これは音楽の才能に限ったことではないと思います。

 あらゆる人に可能性があるけれど、その可能性が泥にまみれ、埋もれてしまっている現状をじゃがいもに例えたのだと思うと、言葉のニュアンスが違って聞こえます。
じゃがいもはゴツゴツしてブサイクだけれど、泥をとって適切に処置したら、美味しくきれいになれる。
泥を拭う作業をしていくだけだと分かったら、シンプルで取り組みやすい。
自分の可能性を信じることを知らない人にとってどれだけ力づけられる言葉でしょうか。

 また女性解放運動運動家として活躍した平塚らいてうは、1911年に創刊した『青鞜』で「原始、女性は太陽であった」と述べ、当時の女性たちに大きな影響を与えたと言います。
彼女はこの『青鞜』の中で、お釈迦様が大悟して、全ての人に仏性が具わっていると説かれたことも紹介されているそうです。

らいてうは参禅することによって人間の存在としての素晴らしさに目覚め、あらゆる人に皆平等に具わる仏性に気づき、そして女性の参政権も認められない時代に、自らの主体性を持って生きる道を選ばれたのだと思います。

 この2人の話から聞こえてくるのは、どんな人にも生まれつきの才能があり、それを磨くことで自己の素晴らしさに触れ、自らの人生をハンドリングし、いきいきと生きることができるのだということです。

佐渡さんは2015年よりウィーンのトーンキュンストラー管弦楽団の音楽監督に就任しています。
じゃがいもの泥は十分ぬぐい落とされているように見えますが、本人はまだまだだと言っています。

じゃがいもの泥を拭い続けるように。頂上のない山を登るように。
自らの成長にコミットして、道を切り拓いていきたい

そんな風に思える、穏やかな陽射しの午後のひと時でした。


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          2021年2月14日付日経新聞より